収容所(ラーゲリ)から来た遺書
辺見じゅん(文藝春秋)
映画も公開されて
書店に積まれていました。
敗戦から12年目に
遺族が手にした6通の遺書。
戦犯としてシベリアに抑留され
想像を絶する寒さと重労働と飢餓の中でも
屈しなかった男たち
そんな中で希望を捨てず
勉強会を開き句を作り
皆に慕われていた山本
余命わずかとわかり遺書を書いた
亡くなったのは1954年
1956年に仲間たちの帰国が叶い
遺書を記憶して帰国した仲間たちにより
6通が遺族のもとに届けられた。
さらに33年後にはもう1通
戦後は終わったと言われていたころ
長い物語にようやく区切りをつけた人々がいた。
山本の子どもたちへの言葉は
日本の未来への力強いメッセージだった
「昭和の遺書」の募集をしたときに
山本の妻から送られたこの遺書と出会った著者
初版は1992年、3年をかけて書かれた1冊
映画、まだ観ていませんが、観ていられるかとちょっと心配です。